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当整骨院の歴史
【創業の原点】祖父の腰痛克服と整体師への転身
当院の歴史は、**腰痛で苦しんだ祖父**の体験から始まっています。
現院長の祖父が、1946年(昭和21年)に立花5丁目に**「渡部指圧」を開業**しました。
【整体師になったきっかけ】
- 当時、松山市役所の「公衆衛生課」課長として勤務していましたが、重量物を持ち上げたことで**酷い腰痛**に見舞われました。
- 様々な治療でも治らなかった辛い腰痛が、東京から来松した整体の先生による**わずか2回の施術で劇的に改善**。
- この劇的な体験に感激した祖父は、公務員の職を辞し、整体の先生に弟子入り。**「腰痛で困っている人の助けになりたい」**という志を持って整体を身につけました。
2代目・3代目を育んだ整体の伝統
祖父は、長男(院長の父)の渡部博文、次男の山本貞夫、そして三男の渡部久司を東京の「長生学園」に送り込みました。四男の渡部仁(渡部接骨整体療院の叔父)は大阪の「明治東洋医学院」を卒業しています。
渡部家の整体の伝統は四代にわたり受け継がれています。長男であった父は若くして亡くなりましたが、祖父の引退後、叔父たちが「渡部指圧」の伝統を守り続けました。
現在(ポキポキ矯正・根本治療への進化)
その後、現院長である私が昭和50年に専門学校を卒業しました。
学生時代から叔父に整体技術を教わり、卒業後も引退した祖父に、整体の精神や**「秘伝の技術」**を深く学びました。
新たに「渡部整体療院」と名前を変え、その後現在の**「東洋整骨院」**となり立花から道後(現住所)に施術所を移転。祖父から受け継いだ技術と、**最先端のカイロプラクティックや独自の3D骨盤矯正**を融合させ、**ポキポキ矯正による根本治療専門院**として現在に至ります。

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